大晦日の伝統的な行事の一つ「除夜の鐘」。ゴーンと鳴り響く鐘の音を聞くと、「今年も終わったなあ」と感じる人も少なくないだろう。ところが近年、近隣住民の苦情から、「除夜の鐘」を中止せざるをえなくなった寺もある。

東京都小金井市の曹洞宗「千手院」は、近隣住民への配慮で、2014年から「除夜の鐘」を自粛している。住職の足利正尊さんによると、老朽化した寺と保育園の建替えの際、鐘の配置が変わったことが背景にあるという。

「除夜の鐘」は、大晦日から元旦にかけての夜間におこなうため、閑静な住宅街では、住民の中に不快に感じる人もいるだろう。だが、そうは言っても、昔ながらの伝統的行事だ。はたして、「除夜の鐘」の問題をどう解決すればいいのだろうか。騒音問題にくわしい山之内桂弁護士に聞いた。

●法的解決の論理と限界

「伝統文化と人権の衝突に対する法的解決の論理と限界を考えるうえで、興味深い事案です」

山之内弁護士はこう切り出した。どう考えればいいのだろうか。

「法的に分析すると、除夜の鐘をつく寺(A寺)は、それを止めてほしい人(Bさん)以外のその他大勢の『公共の利益』の立場です。一方、Bさんは、その他大勢に対する『少数者』、音響に対する耐性が顕著に低い『弱者・障碍者』、静かな場所に避難する余裕がない『貧困者』の立場にあるといえます。

このような場面で、Bさんに対して、『伝統文化を尊重しろ』『苦情を言うのはあなただけ』『わずかの間だからよそに行って』など、多数者・強者・健康者・富者の要求を強いることは、人権尊重の原則に反します。

法的に、A寺とBさんの権利調整をはかるのは、立法(国会・地方議会)と司法(裁判所)だけです。A寺もBさんも、法令・判例に根拠のない言動で相手を服従させれば、刑事・民事責任を負うべき違法行為を犯す可能性があります」

●みんなで知恵をしぼって解決する方法も

具体的に、どのような法的手段があるのだろうか。

「A寺は、除夜の鐘をつづけるために、騒音規制対象外とする政治活動のほか、Bさんに対する『業務妨害行為の差止請求』や、除夜の鐘をやめる義務がないことの『債務不存在確認』などの法的手段が可能です。

一方、Bさんは、除夜の鐘を規制する政治活動のほか、A寺に対する『除夜の鐘の差止請求』『損害賠償請求』などの法的手段が可能です。

もっとも、現行法令・裁判例の解釈上、A寺が除夜の鐘をやめるべき法的義務はなく、Bさんに対して損害賠償責任を負う可能性もかなり低いと思います」

もう少し穏当に解決する方法はあるのだろうか。

「以上は、あくまで現状の法令・裁判例をもとにした法的考察にすぎません。すべての紛争を立法・司法だけで解決すべきと主張したいわけではありません。

ある寺院は、昼間に『除夕(じょせき)の鐘』をつくことにしたそうです。解決策として間違っていないと思います。それ以外の選択も当然ありうると思います。

そもそも日本には、古来より『和を以て貴しとなす』という精神があります。みんなで知恵を絞って、立法・司法によらない『和』の解決を図る発想があってもいいと思います。最近では、裁判外紛争解決手続(ADR)も充実していますので、そういった手続きの活用もよいでしょう」

(弁護士ドットコムニュース)

【取材協力弁護士】
山之内 桂(やまのうち・かつら)弁護士
1969年生まれ。宮崎県出身。早稲田大学法学部卒。司法修習50期、大阪弁護士会 公害対策・環境保全委員会委員。公益通報者支援委員会副委員長。民事介入暴力および弁護士業務妨害対策委員会委員。ADR推進特別委員会委員。公益財団法人交通事故紛争処理センター嘱託 。吹田市建築紛争調停委員。JELF(日本環境法律家連盟)正会員。大阪医療問題研究会会員。医療事故情報センター正会員。
事務所名:梅新東法律事務所
事務所URL:http://www.uhl.jp

近所からの苦情で「除夜の鐘」を自粛する寺も…「伝統文化」と「人権」が衝突


(出典 news.nicovideo.jp)


<このニュースへのネットの反応>

本当に障碍者か、本当だとしても寺の前に共産党の指示で「配置」された障碍者ではないのか(共産党の支持母体の一つが障碍者)。手帳だけで麻原彰晃のような北朝鮮や中国がらみの偽1級障碍者ではないか?


クレーム入れているのは日本人ではないだろうな。


苦情に対して馬鹿らしいとしか思えんな。


世の中になくてはならない、自分の身にあってはならない。だな


嫌なら耳栓しろ


除夜の鐘よりクレーマーがうるさい。煩悩だらけだからそんな考えが出てくるのだろうか・・・


本当に障碍者ならなんでわざわざそんなとこ住んでんの? そんなに日本の伝統文化が気に入らないならなんで日本に住んでんの? クレームに見せかけた文化潰しなんてする暇があるならとっとと自分の国に帰って、どうぞ。


寺より後から来ておいて何いってだ


除夜の鐘をやる寺が減ってきて煩悩を制御できないやからが多くなってきたのは何かが起こってるのかもしれないな~日本の伝統が何故あるのかもっときちんと考えたほうがいいと思うが。


人権なんて代物を公共より尊重しようってのが間違いなんだ。


わざわざ寺の側に越して来て文句をつけるケースと、寺の方が移ったり、新しく造られたりしたケースの両方があるから何とも言えんわ。


アホの苦情に屈する必要全くないと思うんだが。


耳栓で解決だな。


昔寺の近くに住んでたけど、たまに鐘の音で起きたりしてたな。あれはあれで悪くなかった。ただまぁ、あまりにも距離が近いとそこまでいい印象にはならなかったかも


市民「近所の人が私の家の壁に卵を投げつけるのを目撃しました。」警察「証拠がないので動けません。」という対応をしたケースがある警察。これじゃあ市民は神経過敏になるしかない。


坊さんが突くのは良いんだけどさぁ、ガキやノリで突くアホとかが遊び半分で突いてるからウザいんだよなぁ。こういう奴に限って自分が傍に住んでると煩いとかクレームを言うしなぁ。人にやられて嫌なことは自分するなってこと。


除夜の鐘への文句は明らかに神経過敏だろ。


クレーム入れたらなんとでもなる前例がありすぎて今や何でもクレーム入れるクレーム社会になってしまったなぁ


除夜の鐘を撞きに来た障害者はどうすんの?追い返すつもり?


新年に家にいながら除夜の鐘を聞けるなんておとくじゃないか。通年バイクのマフラー音や人々の喧騒が聞こえるよりよっぽど風流でしょ。


日本人ならとか関係なく伝統と言えば、基準値を超える音でさらに深夜に鳴らして許されるという考えはおかしい。今までとか関係なく住む人の権利は当然保障される事であり、伝統>法律を許してはならない。煩悩がどうとか宗教的な事を押し付けられないからね。


いちばんいいのはクレームでギャーギャー喚いてうるさいバカをつるし上げて鐘の代わりに108回分突いてやれば煩悩もなくなるし音だってバカが黙ってればいいだけだし良いこと尽くめ


伝統文化となった除夜の鐘と寺より後から来て家建てた住民。どっちが大事か。           除夜の鐘だろ?どう考えても。


クレーム入れてる人の国籍とか来歴見たら隣国中心とかなんだろうね。ぶっちゃけ日本人だとそんなことわざわざしない。うるさいと思っても文句言いに行く前に耳栓して自分なりに工夫すして快適にするのが日本人クオリティ


少数意見を大切にしろって論理で多数意見がないがしろにされるのはそれこそおかしいんだよなぁ やめろという人もいるならやめるなという人もいる訳で


除夜の鐘を自粛したことの苦情が多かったり、苦情入れた人に対しての苦情が多かったらどうするんだろう?


これが煩悩ってもんよ


少数のために多数が不快な思いをするのが最近の風潮になってきたな


詳しい事情は知らないけど、記事にある千手院は古くからあるような風体じゃないし、この立地で鐘を鳴らせば周囲の住民からすれば騒音以外の何者でもないと思うぞ。


年末だけにおこるイベントである108つの鐘を聞くと、たまらず消滅する闇Deadだったりしてね。日本の国家斉唱だけで消滅する方々もいらっしゃいますし。