「除夜の鐘がうるさい」「剣道の掛け声がうるさい」。生活空間で発生する音に関して、こうしたクレームが増えている。最近では、除夜の鐘をやめた寺や、掛け声を出さずに剣道の稽古をしている道場があらわれた。

東京都小金井市の曹洞宗「千手院」は、近隣住民から苦情を受けて、2014年から「除夜の鐘」を自粛している。いわゆる騒音問題にくわしいニッセイ基礎研究所の坊美生子氏によると、騒音問題の背景には、生活環境の変化があるという。根本的な解決策はあるのか、坊氏に聞いた。

●一番大きな問題は「保育園」

――騒音の対応はしないといけないのか?

騒音に関しては、苦情を言われたら、どうしても対応せざるをえません。というのも、環境基本法で、その基準が決まっているからです。想定以上に基準が低いので、生活音でもすぐに超えてしまう。「うるさい」と誰かが言うようになると、対応せざるをえないのです。

――騒音に関するクレームが増えている背景はなにか?

一言でいえば、生活環境の変化です。たとえば小金井市の千手院の場合、「鐘」の位置を変えたところ、それまで聞こえなかった人がうるさいと思うようになったというのがあります。また地域で、人の入れ替わりなどがあると、うるさいと思うようになる。そういう変化です。

一番大きな問題になっているのは、保育園です。この問題に限っていうと、都市部の過密化が大きい。再開発が進んで、マンションができて、子どもが突然増えた。公園に行ったら、これまでいなかった子どもたちがいる。保育所もどこかにつくらないといけないけども、場所がなくて、閑静な住宅地にしかないということがあります。そこに仕方なくつくると、衝突が起きるというわけです。

今は郊外も、子どもが減って静かになっています。人口減少と少子高齢化です。子どもがいれば、登下校など子どもの声やお母さん同士が話す声などがありました。高齢者は家の中で過ごす時間も長い。そういうところで新しく保育園をつくると、慣れていなくて、苦情が出てきます。

――これまで「当たり前」だったものも、環境に合わせて対策を講じないといけないというわけか?

陳腐な言い方ですが、コミュニティの希薄化がすすんでいます。近所で知らない人同士での交流が減っています。マンションができても、自治会に入らない人も多い。管理組合に顔を出さない。普段から顔を合わせてないと、何かあったときに、相手のことをうるさいと感じる。逆に、顔をわかっている人がいれば、想像が働いてなんとなく、我慢できたりする。

少子化でいえば、自分たちに子どもがいたら、うるさいと思わないでしょう。子どもとの接点がなくなってきています。子どもが社会の中でマイノリティになり、静かな高齢者のほうがマジョリティです。子どもと「出会った」ときに、その声を奇声と感じてしまう。

――マイノリティに対する反発?

あくまで私の感覚的なものですが、マイノリティでなくても、以前とくらべて、自分と立場や利害が合わない人に対する距離感が広がったり、反発が強くなっている気がします。不寛容さも広がっています。少子化でありながら、都市が過密化する流れがあるので、今後も衝突は増えていくと思います。

●お互いが歩み寄る必要も

――どうすれば解決するのか?

「地域のコミュニティを取り戻せばいい」「寛容になりましょう」といっても具体的方法がわかりません。どこからクレームが飛んでくるかわからないので、保育園にしても、地元の人とよく話し合いをして関係づくりをして、未然に防止するしかない。また、美術館の「会話OKの日」とか、「赤ちゃん泣いていいよステッカー」など、根本的な解決にならないけど、そういう取り組みが現実的に必要になってくるでしょう。

――正当なクレームかどうかはどう判断する?

たとえば、北海道函館市の「イカ売り」の声が騒音かどうか、問題になりました。条例上、厳密には規制対象だったけど、話し合いの結果、条例から除外しようということになった。結局、具体的に論点を示して、行政が判断するしかない。住民側も、行政の判断には、ある程度したがうでしょう。イカ売りに対しても、停車中は拡声器を使わないなど、配慮を求めました。

今でも、騒音に関する紛争処理の仕組みはありますが、もっと発展したものができればいいと思います。窓口をもう少し使いやすくするなどの工夫も必要でしょう。行政機関が入って、第三者の立場で合理性があるかどうか、仲裁してもらえる仕組みがもう少し整ってくればいいと思います。

(弁護士ドットコムニュース)

子どもの声は「奇声」扱い、不寛容社会が生み出す「騒音問題」…少子化で反発が激化


(出典 news.nicovideo.jp)


<このニュースへのネットの反応>

声出したっていいんだよ別に。一切声出すなって事ではなく「のびのび自由」と「好き勝手」をはき違え、躾ができない親と子供に辟易してしまう訳で…


今まで文句言いたくても言えんかった奴が言いやすくなったってのも、こういった苦情が目立つ理由の一つなんじゃないかなって思う。


実際に大きな声を出してるんだから、うるさいか?うるさくないか?で言ったら、うるさいのは事実だからなぁ~


少子高齢化が進むわけだ。保育園に文句言う奴は非国民だろ。


非国民とかいきなり言い出す奴は、大抵自己紹介だっていう。


東京だけの話だしどうでもいいわ


何でも東京でやろうとするからだろ、地方行けw


子供が大声を出して遊んでいる。健康でノビノビと育っている証。良いことではないか。


残りの命も少ない希望のない年寄りが偉い?それより若くこれからの日本の希望である子供を育てる社会を作らないでどうするこれだから少子高齢化が進むんだよ


音に対してうるさいとか文句つけてる奴は大抵その音量への文句じゃなくて自分にとって不快な音をうるさいと言ってるのであっていくら大音量でも自分が好きな音には文句つけないよ?子供の声をうるさいとか言う連中に限ってイヤホンから音が出るくらいの音量で音楽聴いてたりとかうるささの極地であるパチンコ店にずっと入り浸ったりしてるし


躾の問題だろ。犬だって教えれば無駄吠えしなくなるし、騒いでも許されるのは赤ん坊まで。まぁ、常識の範囲でも不寛容なのは駄目だけど。


奇声でもないし騒音ではないよ。それを超えた超音波だよ。


だだっ広い田舎じゃピンと来ない話だな、保育所は周りに民家がない所に建ってるし


キーキーうるさい場合とか、それくらいわかるやろ。喋り声、鳴き声、叫び声、奇声。全部違うやろ。


ふつーにわいわい騒いでるのならいいんだよ、力いっぱいの金切り声をたびたび出すような獣をきちんと躾しろって話でさ。


除夜の鐘みたいに年1回の音なら文句言うのは流石に不寛容だと思うが、毎日毎日剣道の奇声が聞こえてきたら流石にうるさいし、文句も言うと思うぞ。それが常人の感覚。


子供の声がうるさいと言う人にも子供時代はあったんじゃないの?多分、周りの人はその声がうるさいと思ってたけど何も言わずに我慢してたと思うよ?


どんだけ心に余裕のない人間が増えたんだろうと思う今日このごろ


GHQの欧米化と日本人弱体化洗脳教育の結果だ 歪みを正すため もっと昔の日本人が積み上げてきた考え方が学べるように正しい教育と方法に変えていき、社会構造を昔の日本のいい部分を取り入れて再構築すべき 劣った欧米思考を基準にすれば日本社会は歪むばかり


心に余裕を持たないとちょっとした事でイラつくんだよな。キーボード叩く音うるさいとか。「自分だけの都合で世の中回ってんじゃない」って気付くだけで解消する問題に思うが、どーもそれに気付かない人が多すぎるんではないか。


置かれた状況もその度合いも人それぞれなのに、ひとまとめにして「心に余裕がない」なんて言っちゃう奴が一番余裕が無いんだよ


保育園で騒げなかったら、どこで騒げと言うのか・・・?年寄りでも日中ずっと家に居るのアピールしてるみたいなのも嫌にならんのかね


子供なんて明るいうちに大声で元気に遊ぶものだろ。夜中に騒いでる酔っぱらいや珍走団に文句言うなら分かるが、子供は子供のすべきことをしてるだけ。問題なし。


静かな高齢者だったらクレーム出してないんじゃあ…。


何度だって言うけど、なんぼ「うるさいの声を批判」をしたところで騒音と感じる人には騒音でしかないし、人間我慢には限度ってもんがあるんだよね。放置し続けたらどういう結果に繋がるかイメージしてみな


問題は都市部への一極集中で、保育園が住宅街の中心に作られてることでしょ。人が増えれば大きな声を不快に思う人が一定数いて当たり前。これは一極集中を是正しなかった政府の失態だし、子どもの声だから保育園だから我慢しろって言われても納得できない人がいても仕方ない。子どもの声がうるさいのは事実なんだし。


やがて社会は「ほんの些細な音すら出せない」という結末を描くだろう。そう、俺らがパチパチキーボードを打つこの音すらも。